皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世誘拐事件

帝国暦489年6月20日
ラインハルトは、ボルテック弁務官を呼び出し、計画の存在を確認。
オーベルシュタインと対策を相談する。

帝国暦489年7月6日
アルフレッド・フォン・ランズベルク伯爵とレオポルド・シューマッハは、新無憂宮(ノイエ・サンスーシー)から7歳の・エルウィン・ヨーゼフ皇帝を誘拐。

このあたりは、オーベルシュタインの得意とするというか、ラインハルトに期待された仕事ということで、影ではいろいろ行っていたと思われる。
・ランズベルク伯とシューマッハ大佐の監視(フェザーンが口封じをしないように)
・前副宰相ゲルラッハを皇帝誘拐犯として逮捕する準備
・エルウィン・ヨーゼフ皇帝の後任の準備

モルト中将に責任を取らせ、ケスラーにまで、処分しようとオーベルシュタインはしているようであるが、「ナンバー2不要論」からすれば、ケスラーはナンバー3としてプッシュした方がいいように思う。
一方、ラインハルトも、これらの犠牲を払ってまで、まして、誘拐をほぼ黙認したことがばれる危険を考えると、そんなにおいしい話ではなかったと思う。