要塞対要塞

帝国暦489年4月10日?5月

ケンプを司令官、ミュラーを副司令官にガイエスブルク要塞をワープさせ、イゼルローン要塞攻略に向かうも敗退。ケンプは戦死し、上級大将にとなる。

オーベルシュタインが、ケンプとミュラーを選んだ。しかし、出兵には、反対した様子がない。ロイエンタール、ミッターマイヤー、ヒルダが、出兵には意味がないので反対していたのに、ラインハルトとオーベルシュタインが、この作戦を進めたのはなぜであろうか。
 ロイエンタール、ミッターマイヤーに肩を並べる提督をつくり、どちらかがNo2にならないようにしたかったのは、理由の1つであると思われる。
 ラインハルトは、ガイエスブルクをイゼルローンにぶつけて破壊する案も持っていたのに、攻略を行うだけの兵力を与えておいて、限界だは、ないと思う。
 キルヒアイスが死んだガイエスブルクを重要視していない作戦で道具に使っている点も奇妙に感じる。