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新帝国暦1年7月20日
オーベルシュタイン軍務尚書は、自由惑星同盟駐在のレンネンカンプ帝国高等弁務官に超高速通信でヤン提督の身柄を引き渡しを同盟政府に要求するよう示嗾した。

オーベルシュタインは、フェルナーの前で通信をしているので、レンネンカンプを犠牲にして、できればヤン提督を排除し、同盟を完全征服するつもりで行ったのは確かなようだ。しかも、タイミング良く通信を行っているのは、レンネンカンプを介さずに報告が届くルートを用意していたためで、かなり前から用意されていたようだ。
レンネンカンプが、上級大将になった事自体から、オーベルシュタインの策謀ではないのだろうか。オーベルシュタインは、レンネンカンプを生きて元帥にはなれないと評しているし、ミッターマイヤーなども、中将か少将の器と述べている。そのレンネンカンプを高等弁務官に推挙しているのは、無理を押しつけて都合良く失敗させるために準備していたようだ。

帝国暦489年6月20日
ラインハルトは、ボルテック弁務官を呼び出し、計画の存在を確認。
オーベルシュタインと対策を相談する。

帝国暦489年7月6日
アルフレッド・フォン・ランズベルク伯爵とレオポルド・シューマッハは、新無憂宮(ノイエ・サンスーシー)から7歳の・エルウィン・ヨーゼフ皇帝を誘拐。

このあたりは、オーベルシュタインの得意とするというか、ラインハルトに期待された仕事ということで、影ではいろいろ行っていたと思われる。
・ランズベルク伯とシューマッハ大佐の監視(フェザーンが口封じをしないように)
・前副宰相ゲルラッハを皇帝誘拐犯として逮捕する準備
・エルウィン・ヨーゼフ皇帝の後任の準備

モルト中将に責任を取らせ、ケスラーにまで、処分しようとオーベルシュタインはしているようであるが、「ナンバー2不要論」からすれば、ケスラーはナンバー3としてプッシュした方がいいように思う。
一方、ラインハルトも、これらの犠牲を払ってまで、まして、誘拐をほぼ黙認したことがばれる危険を考えると、そんなにおいしい話ではなかったと思う。

帝国暦489年4月10日?5月

ケンプを司令官、ミュラーを副司令官にガイエスブルク要塞をワープさせ、イゼルローン要塞攻略に向かうも敗退。ケンプは戦死し、上級大将にとなる。

オーベルシュタインが、ケンプとミュラーを選んだ。しかし、出兵には、反対した様子がない。ロイエンタール、ミッターマイヤー、ヒルダが、出兵には意味がないので反対していたのに、ラインハルトとオーベルシュタインが、この作戦を進めたのはなぜであろうか。
 ロイエンタール、ミッターマイヤーに肩を並べる提督をつくり、どちらかがNo2にならないようにしたかったのは、理由の1つであると思われる。
 ラインハルトは、ガイエスブルクをイゼルローンにぶつけて破壊する案も持っていたのに、攻略を行うだけの兵力を与えておいて、限界だは、ないと思う。
 キルヒアイスが死んだガイエスブルクを重要視していない作戦で道具に使っている点も奇妙に感じる。

帝国暦488年9月6日?10月

ガイエスブルク要塞の勝利の式典で、
ヴェスターラントの虐殺の件で、わだかまりが生じていたため、ラインハルトは、キルヒアイスに今まで認めていた武器の携帯を認めなかった。このため、アンスバッハ准将がラインハルトを暗殺しようとしたとき、銃で射殺できず、阻止はしたものの命を落とすことになる。

オーベルシュタインは、ここで、潜在的な敵、帝国宰相リヒテンラーデ公をキルヒアイス暗殺の首謀者として、片づけ、ラインハルトの精神的復活と、ローエングラム独裁体制を成立させてしまう。これにより、オーベルシュタインは、ロイエンタール、ミッターマイヤーとともに上級大将になった。


正しいのに相手の感銘を呼ばないといわれる、オーベルシュタインの進言をラインハルトは容れてしまったための悲劇であります。でも、ラインハルトはやっぱり理屈として正しいこと受け入れない訳にはいかないでしょう。
ここの最大の問題は、アンスバッハが、ハンドキャノンと指輪型レーザー銃を持ち込めたということでしょう。キルヒアイスの武器持ち込みはチェックしているのに、死体に隠したり、指輪に擬装していたとはいえ、持ち込めたというのは不思議です。

帝国暦488年4月19日?

同盟軍に元同盟軍リンチ少将を送り込みクーデターを発生させるに成功。貴族たちを追い込みリップシュタット戦役が始まる。
烏合の衆の貴族軍(公式記録は賊軍)は、徐々に敗退し、ヴェスターラントへの核攻撃で民心は急速に離れ、趨勢が決した。

リップシュタット戦役でのオーベルシュタインの活躍は、
・捕らえたオフレッサー上級大将を無傷で帰し、裏切り者として殺させた。それにより貴族たちの間に相互不信の種をまいた。
・ヴェスターラントへの核攻撃をラインハルトに黙認させた。

この戦役の最初に、ラインハルトと姉の襲撃に失敗したフェルナー大佐がオーベルシュタインの部下になる。姉を襲撃しようとしたにしては、ラインハルトのこの寛大さは少し奇異な感じがする。まだ、キルヒアイスがいるときは、姉に対する反応もそれほどでも無かったということだろうか。

ラインハルトがオーベルシュタインに期待した、影の部分を着実に行っているようである。
しかし、ヴェスターラントの件は、映像を流すためだけに目をつぶるなら、50余りのオアシス全部を犠牲にする必要は無かったのではないだろうか。一部でも助けようと攻撃を阻止した方が、ラインハルトの人気があがったのではないか。(一部というのが、指揮しにくいとは思うが)
これは、オーベルシュタインが、ラインハルトに心理的負担を負わせ、コントロールしやすくしようとしたものではないだろうか。また、影の部分を強調することで、キルヒアイスとの距離を開けさそうとしたものだったのでは。

帝国暦487年
皇帝フリードリヒ四世崩御。固有の武力を持たない国務尚書リヒテンラーデ候が、ローエングラム伯と手を組み、エルウィン・ヨーゼフ二世を即位させた。リヒテンラーデは、公爵に、ローエングラムは侯爵になった。ローエングラム候は、宇宙艦隊司令長官に、キルヒアイスは上級大将に昇進し、宇宙艦隊副指令長官になった。オーベルシュタインは、中将に昇進し、宇宙艦隊総参謀長とローエングラム元帥府事務長を兼任することになった。
オーベルシュタインは、ラインハルトに対し、キルヒアイスの人事に対し苦言を呈した。

覇者に代わりになれる者が存在してはいけないというオーベルシュタインの考えからキルヒアイスを警戒し始めたところであろう。
しかし、大佐から中将になってしまうオーベルシュタインの人事の方が、キルヒアイスより問題だと思う。

帝国暦487年10月14日
アムリッツァ会戦で、総旗艦ブリュンヒルトに参謀長として乗艦した。ビッテンフェルトが、ヤンにかなりの打撃を受けたとき、オーベルシュタインの冷静さにのも刃こぼれが生じたようであった。

アムリッツァ会戦が始まる時点で、ほぼ勝負はついていたし、総旗艦は、あまり積極的には参戦していなかったので、オーベルシュタインが活躍するところはほとんど無かったであろう。
ビッテンフェルトの援護をさせたのは、ヤンは、運良く逃げられたが、十分戦局を判断する能力があることを示した。

帝国暦487年8月?10月

同盟軍の帝国領侵攻作戦に対し焦土作戦を行う。


この作戦は、オーベルシュタインが計画立案したものと思われる。でないと、この戦いのあと、一気に中将にまでなる表向きの理由がない。キルヒアイスが好まないであろう焦土作戦ということで、ラインハルトもキルヒアイスには相談を行っていないと思われる。キルヒアイスは、作戦そのものより、ラインハルトとの距離が広がった事に不安を感じていたのではないだろうか。

帝国暦487年
オーベルシュタインは、
イゼルローン駐留艦隊旗艦のただ一人の生存者であるため、
生き残ったという、
まさにその一事によって処断されようとしていた。

ローエングラム伯ラインハルトに、
ゴールデンバーム朝を憎んでいる事を告白し、
貴族より自身を買ってもらうことに成功する。

ラインハルトは、三長官職と引き替えにオーベルシュタインを元帥府に転属させる。


ラインハルトは、オーベルシュタインが
有用な人物と、いつ、どのようにして、わかったのだろうか。
キルヒアイスにオーベルシュタインが
接触した時点でいろいろ調査をしたはずである。
しかも、参謀が欲しかったのだから、
有用な人物とわかっていれば、
ラインハルトの方から、
触手を伸ばしていたはずである。
しかし、会見の最初は、好意的であるべき理由はないとある。
この会見で、オーベルシュタインは、
キルヒアイスには、むかない事が、
自分にはできると言っているだけである。

ゴールデンバーム朝を憎んでいるとの発言の
あとのラインハルトの行動は、
単に罠を警戒したものと思われる。

帝国暦487年5月14日
イゼルローン駐留艦隊に配属されて早々に、
ヤンのイゼルローン攻略に遭う。
イゼルローンからの艦隊の誘き出しを、
「これは罠だと思われます。」と
ゼークト大将に意見したが、
オーベルシュタインが嫌われていることもあり逆効果になる。

再び、イゼルローン要塞への誘き出しに、
「これは、罠です。」と
意見するが、無視される。
ゼークト提督は、艦もろとも玉砕するが、
自分は、脱出用シャトルで脱出した。
このとき、ラインハルトを選ぶことを決意した。

ヤンの戦略をある程度、
見破っているので、
戦略眼はありそうだが、
具体的な対抗策を述べていないので、
(述べさせてもらえなかったともとれるが)
あまり、戦術面は得意でないことを表しているようだ。